猫の着地の「謎」が宇宙ロボット革命を起こす
高いところから落ちた猫が、どんな体勢でもくるりと身体をひねって足から着地する――。誰もが一度は目にしたことがあるこの光景が、宇宙ロボット工学の最前線と結びつこうとしている。スペースエントリー株式会社(本社:茨城県つくば市、代表取締役CEO:熊谷亮一)は2026年7月13日、茨城県「令和8年度 戦略分野新製品開発促進事業補助金」への採択を発表した。同社は「猫の着地」原理を応用した世界初の宇宙ロボット姿勢制御シミュレーション技術と、宇宙特有の通信遅延に対応する遠隔操作技術の開発に乗り出す。
宇宙開発が国家主導から民間主導へとパラダイムシフトが加速する今、この取り組みは日本発の宇宙ロボットプラットフォーム構築へ向けた重要な一歩として注目を集めている。
背景:民間宇宙ステーション時代に迫る「ロボット共通基盤」の必要性
現在、宇宙開発は国家主導から民間企業が参入する時代へと大きく変化している。2030年前後には、国際宇宙ステーション(ISS)の運用終了後、民間宇宙ステーションを中心とした新たな宇宙経済圏の形成が期待されており、宇宙空間では研究開発だけでなく、施設建設、保守点検、物流、製造など、さまざまな分野でロボットの活用が不可欠になると考えられている。
しかし、現状には大きな課題が存在する。従来の宇宙ロボット開発では、通信遅延対策や微小重力下での制御技術が機体ごとに個別に構築されており、共通して利用できる基盤が整備されていなかった。また、従来の姿勢制御はガスなどの推進剤を噴射する方式が主流だが、推進剤の積載量による運用寿命の制限や、噴射ガスが他のセンサー類へ悪影響を及ぼす懸念があり、新たな制御手法が求められていた。
スペースエントリー株式会社は、こうした課題を解決するため、宇宙Physical AI(フィジカルAI)時代を見据え、宇宙ロボットの「通信」と「動作制御」を支える基盤技術の開発を推進し、宇宙で活躍するロボットのプラットフォームの構築に取り組む。
世界初:「猫の着地」を応用した非ホロノミック姿勢制御技術
同社が着目したのは、神戸大学の久保勇貴特命教授が研究を進める「非ホロノミック姿勢制御」だ。高所から落下した猫が空中で身体をひねり、自らの身体運動だけで姿勢を制御して着地するように、ロボット自身の手足の動きによって姿勢を変化させる原理を宇宙ロボットへ応用する。本事業では、この非ホロノミック姿勢制御を活用し、燃料を必要としない人型ロボットの姿勢制御シミュレーション技術の試作・実証を進める。本技術を確立することで、宇宙ロボットの長寿命化、運用コスト低減、より安全で柔軟な宇宙活動の実現を目指す。
同社によると、非ホロノミック姿勢制御を用いた無重量空間における人型ロボットの姿勢転換シミュレーション技術は世界初の試みとなる。
「非ホロノミック姿勢制御」とは?
非ホロノミック姿勢制御とは、外部からエネルギー(推進剤)を供給せずに、ロボット内部の関節や手足の動きだけで全体の姿勢を変化させる制御理論だ。猫が足を使わずに空中で身体をひねり着地する動作がその代表例であり、角運動量保存の法則に基づいた高度な身体制御といえる。この原理を宇宙ロボットに実装することで、以下のメリットが得られる。
- 燃料不要:推進剤の搭載が不要になり、ロボット本体の軽量化・小型化が可能
- 長寿命化:燃料切れによる運用停止リスクがなくなり、長期ミッションへの対応が可能
- 安全性向上:噴射ガスによる他センサーへの影響をゼロにできる
- コスト削減:推進剤の補充・管理コストが削減され、運用コスト全体の低減につながる
宇宙特有の「通信遅延」に対応する遠隔操作技術
通信の面では、地上から宇宙にあるロボットを操作する際に生じるタイムラグの問題に対し、通信遅延やデータ欠損が発生する状況下でも安定した遠隔操作を可能にする通信制御アルゴリズムの開発と、対応する操作端末・通信制御モジュールの試作・実証を行うとしている。
地球と宇宙ステーション間の通信には避けられない遅延が伴う。低軌道(LEO)の宇宙ステーションでも数百ミリ秒、月面では約1.3秒、火星では最大約24分もの遅延が生じる。こうした遅延環境下でもロボットを安定して遠隔操作できる技術は、将来の宇宙探査・開発において極めて重要な意味を持つ。
茨城県補助金に採択:産官学連携のモデルケースとして
茨城県では、成長が見込まれる戦略分野(宇宙、半導体、GX、フュージョンエネルギー等)において、新製品の開発や新分野への進出を目指す中小企業を対象として、新製品開発に係る費用の一部を補助する「令和8年度戦略分野新製品開発促進事業費補助金」を実施している。本事業は、国の「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」を活用して実施している。
今回の採択は、スペースエントリー社が取り組む宇宙ロボット技術が、国・県双方の宇宙産業育成戦略に合致していることを示している。茨城県は「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」を推進しており、内閣府(宇宙開発戦略推進事務局)、経済産業省および国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)とも連携し、宇宙ベンチャーの創出・誘致と県内企業の宇宙ビジネスへの新規参入を積極的に推進している。
ビジネス視点:「宇宙ロボット共通基盤」が生む新たな市場
企業・経営者の視点から見ると、今回の取り組みが目指す「共通プラットフォーム」の意義は大きい。個別の機体に依存しない共通のロボットプラットフォーム構築を目指しており、2026年内に試作・実証を完了させる計画だ。
宇宙ロボット市場は今後急速な拡大が見込まれており、その共通基盤を押さえた企業が産業の「インフラ層」を握る可能性がある。自動車産業におけるOSやプラットフォームと同様に、宇宙ロボットの「OS」ポジションを確立することが、スペースエントリー社の狙いとも読み取れる。
「宇宙ロボットが当たり前に活躍する未来に向けて、『つながる技術』と『動かす技術』の共通基盤を構築し、日本発の宇宙ロボットプラットフォームの実現を目指します。」(スペースエントリー株式会社 公式発表より)
消費者・生活者への影響:宇宙技術が地上を救う
本事業で開発される技術は、将来的に宇宙空間での施設建設、保守点検、物流、製造といった多様な作業ロボットの共通基盤となることを目指している。さらに、宇宙分野にとどまらず、地上における災害対応や危険環境での遠隔作業、インフラ点検など、産業用ロボットの遠隔制御や自律制御への応用も期待されている。
具体的な地上応用例として考えられるのは以下の分野だ。
- 災害対応:地震・火山・水害現場など人が立ち入れない危険環境でのロボット投入
- インフラ点検:橋梁・トンネル・送電線など老朽化インフラの遠隔点検
- 製造業自動化:危険物取り扱いや高温・高圧環境下での遠隔制御ロボット
- 医療・介護:通信遅延対応技術を活用した遠隔手術支援システムへの転用
専門家の見解:神戸大学との産学連携が生む技術的優位性
姿勢制御に関しては、「非ホロノミック姿勢制御」として神戸大学大学院システム情報学研究科特命助教の久保勇貴氏が研究を進めており、同社では事業を通じて燃料を必要としない人型ロボットの姿勢制御シミュレーション技術の試作・実証を進めるとしている。
神戸大学の久保特命教授が長年研究を積み重ねてきた非ホロノミック制御理論を、宇宙ロボットという実用分野に初めて応用するという点で、今回の産学連携は学術的・産業的にも高い注目を集めている。大学の基礎研究をスタートアップが実装し、公的補助金によって加速するというエコシステムは、日本の宇宙産業振興のモデルケースとなり得る可能性がある。
国際比較:宇宙ロボット開発の世界的潮流
宇宙ロボット技術の開発は、グローバルでも活発に進んでいる。米国ではNASAがロボットを活用した月面・火星探査を推進し、GITAIなどの企業がロボットアームを搭載した衛星の軌道上実証に取り組んでいる。欧州ではESAが宇宙デブリ除去ロボットの開発を推進し、カナダはISSへのロボットアーム「Canadarm」で長年の実績を持つ。
日本においても、JAXAや民間企業が宇宙ロボット開発を進めているが、現在の宇宙ロボット開発では、機体ごとに宇宙と地上間通信における遅延対策技術や微小重力下における制御技術が個別に構築されており、多様なロボットが共通して利用できる通信・制御基盤は十分に整備されていない。スペースエントリー社が目指す共通プラットフォームの構築は、こうした国際的な課題に対する日本独自のアプローチとして注目される。
今後の展望:2026年実証から2030年実用化へのロードマップ
2026年内に燃料不要の姿勢制御シミュレーション技術および宇宙通信遅延に対応する遠隔操作技術の試作・実証を完了させる計画だ。その後、試作機の高度化や宇宙環境を想定した検証を進め、2030年前後の民間宇宙ステーションでの活用を見据えた実用化を目指す。さらに、将来的には宇宙空間におけるPhysical AI(フィジカルAI)の実装基盤として発展させることで、AIとロボットが自律的に活動する新たな宇宙産業の創出に貢献していく。また、本技術は宇宙分野に限らず、災害対応、危険環境での遠隔作業、インフラ点検など、地上におけるロボット活用への応用も期待されている。
注目すべきポイントとしては以下が挙げられる。
- 2026年内:姿勢制御シミュレーション技術・遠隔操作技術の試作・実証完了
- 2027〜2029年:試作機の高度化と宇宙環境を想定した実証実験
- 2030年前後:民間宇宙ステーションでの実用化・Physical AI基盤としての展開
- 将来的:地上の産業用ロボット・災害対応ロボットへの技術転用
まとめ:この発表の3つのポイント
- 世界初の技術挑戦:猫の着地動作から着想した「非ホロノミック姿勢制御」を宇宙人型ロボットに応用するシミュレーション技術は、世界で初めての取り組みであり、燃料不要による宇宙ロボットの長寿命化・コスト削減に大きく貢献する可能性を持つ。
- 宇宙ロボット共通基盤の構築へ:個別開発が課題だった宇宙ロボットの「通信」と「動作制御」を統合した共通プラットフォームの実現を目指しており、民間宇宙産業全体のインフラとなり得る技術基盤の構築を目指している。
- 地上産業への波及効果:開発される技術は宇宙にとどまらず、災害対応・インフラ点検・製造業など地上の幅広い産業分野への応用が期待されており、社会課題解決にも寄与する可能性がある。
参考情報
- スペースエントリー株式会社 プレスリリース(PR TIMES)
- スペースエントリー株式会社 公式サイト ニュースリリース
- SPACE Media:スペースエントリー、「猫の着地」から着想した宇宙ロボット姿勢制御技術など開発へ
- 生産現場のシステムNAVI:スペースエントリー、宇宙ロボットの姿勢制御と遠隔操作の基盤技術開発へ
- 茨城県公式:令和8年度戦略分野新製品開発促進事業費補助金
- 茨城県科学技術振興財団:令和8年度戦略分野新製品開発促進事業補助金
- 茨城県:いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト
- 時事通信:世界初スペースエントリー「猫の着地」に学ぶ宇宙ロボット姿勢制御技術と遠隔操作技術の開発へ
著者プロフィール
伊東雄歩(いとうゆうほ) / ゆぽゆぽ
株式会社ウォーカー代表取締役 / MENSA会員 / NLPマスタープラクティショナー
IQ130超のADHD経営者。「社会不適合」ゆえに会社員を2年で挫折し、フリーランスを経由せずいきなり起業。訴訟4回、2000万円の損失、役員の裏切り、オフショア開発の地獄を乗り越え10年生き残る。心理学・教育学に1000万円投資し、独自の「成長力学」を確立。現在は生成AI教育に注力し、「3年を2日に変える」AIプログラミング2Daysキャンプを全国展開中。AIフレンズコミュニティを運営。
夢は「世界征服」——世界の常識を変え、新しい価値観を提示すること。
