はじめに:「見えている脅威だけ」ではもう守れない時代
サイバー攻撃の多様化・高度化が止まらない。企業のセキュリティ担当者がランサムウェアへの対策に追われる一方、AIエージェントの普及やSNSの拡大が全く新しい攻撃経路を生み出している。こうした現状を踏まえ、ガートナージャパン(以下、ガートナー)は2026年4月14日、国内におけるセキュリティインシデントの傾向を「10のパターン」として体系的に発表した。
この発表が示すのは、「ランサムウェアだけ見ていては企業は守れない」という厳しい現実だ。AIやSNSの普及に伴う新たなリスクが次々と顕在化する中、経営者からセキュリティ担当者、そして一般従業員まで、組織全体での意識改革と対策強化が求められている。
ガートナーが公表した「セキュリティインシデント10パターン」とは
ガートナーの今回の発表は、直近のセキュリティインシデントがどのような経路(外部/内部脅威やリスク)から発生しているかを整理したものだ。以下に10パターンの概要を解説する。
① サプライチェーン・サイバーリスクの拡大
最も注目すべきリスクとして筆頭に挙げられたのが、サードパーティ・サプライチェーンに起因するインシデントの拡大だ。ガートナーは、「2030年までにサイバーセキュリティインシデントの60%以上が、サードパーティ/サプライチェーンに起因するものになる」という予測を示した。委託先や取引先を経由した攻撃は、自社だけで防御するのが難しく、サプライチェーン全体を見渡したセキュリティ設計が不可欠となる。
② AIエージェントのリスクと脅威
AIエージェントの普及に伴い、その内部脅威・外部脅威の双方が深刻化している。データ消失・漏えい、誤った取引、プロセス停止など、実際のビジネス損失につながるインシデントが既に発生している。外部脅威としては「エージェントハイジャック(乗っ取り)」のような攻撃手法も現実味を帯びてきており、AIブラウザやPCインストール型のAIエージェントも新たなリスク源として浮上している。
③ ランサムウェア攻撃
依然として最大級の脅威であるランサムウェア攻撃。攻撃者は、脆弱性の悪用・正規ツールを悪用するLotL(環境寄生型)攻撃・マルウェアなど複数の手法を組み合わせて目的を達成しようとする。拠点やVPNの脆弱性、認証情報の管理不足といった問題を抱える企業は多く、当面は被害が継続する可能性が高いとガートナーは指摘している。
④ DDoS攻撃
クラウドサービス・Webメール・レンタルサーバを狙ったDDoS攻撃が散見されている。直近では大規模被害は報告されていないものの、過去には生活インフラに影響する企業が短期集中的に攻撃を受けた事例もあり、継続的な警戒が求められる。
⑤ 外部公開アプリケーションへの攻撃
ECサイトへの攻撃が深刻化しており、攻撃によってECサイトが数カ月にわたって停止する事例も確認されている。クレジットカード情報の不正利用につながるケースもあり、企業は「情報を保有するリスク」という観点からシステムとセキュリティのデザインを根本から見直す必要があると警告されている。
⑥ ビジネスメール詐欺(BEC)/フィッシング詐欺
AIを活用した詐欺の手口が急速に進化しており、技術的な防御だけですべてのBECやフィッシング詐欺を防ぐことは不可能な状況だ。ガートナーは、多額の送金を1人の従業員が単独で行えないようにワークフローを強化することなど、業務プロセス側の対策も重要と指摘している。
⑦ 内部不正・組織ガバナンスの崩壊
退職者による顧客情報の持ち出しは継続的に発生している。物理的な立ち入り、USBメモリーの使用、個人メールへのリンク送信など、漏えい経路は以前から変わっていない。リスクポイントを明確化し、漏えいの検知体制を改めて点検することが求められている。
⑧ 作業・設定ミスによる情報漏えい
人為的なミス(設定ミスや操作誤り)によるインシデントも根絶できていない課題の一つだ。クラウド環境の複雑化やツールの多様化が、ミスの発生リスクをさらに高めている。
⑨ プライバシー問題・デジタル倫理
個人データの取り扱いに関するプライバシーリスクや、AIを活用した意思決定における倫理的課題も論点として明示された。グローバルな法規制の動向を見据えた対応が日本企業には特に求められる。
⑩ フェイク・インシデント(虚偽情報の拡散)
SNS時代ならではの新リスクとして注目されるのがフェイク・インシデントだ。事実とは異なる情報が拡散し、企業・ブランドへのレピュテーション被害や市場への影響をもたらす。企業には冷静な事実確認と、フェイク情報への対応策の整備が求められている。
専門家の見解:「社会的インパクトだけに目を奪われるな」
「サイバーセキュリティリーダーは、日本で直近に発生しているセキュリティインシデントや新たに出現している脅威の傾向を俯瞰的に把握し、多様なリスクに備える必要がある。その際に、社会的インパクトの大きいものだけに気を取られることなく、日々発生するインシデントを理解し、備えるべきリスクを把握することが重要だ」
― ガートナージャパン シニアプリンシパルアナリスト 木村陽二氏
また、ガートナージャパンのバイスプレジデントアナリスト 礒田優一氏も以前の発表でこう指摘している。
「セキュリティとリスクマネジメントのリーダーは、新しいリスクや脅威、環境の変化、法規制の動き、セキュリティのテクノロジーや市場の多様化など、ますます混沌とするセキュリティとプライバシーの領域を俯瞰し、次なる一手を打ち出していく必要がある」
― ガートナージャパン バイスプレジデントアナリスト 礒田優一氏
ビジネス視点:経営者・企業が取るべきアクション
今回の発表は、セキュリティが「IT部門だけの課題」ではなく、経営レベルで取り組むべき最優先課題であることを改めて示している。特に以下の点が経営者にとって重要だ。
- サプライチェーン全体のリスク評価:自社だけでなく、委託先・取引先のセキュリティ水準を把握・管理する仕組みの構築が急務。
- AIガバナンスの整備:AIエージェントの導入・運用ルールを策定し、AI TRiSM(AIのトラスト/リスク/セキュリティ・マネジメント)への取り組みを本格化させる必要がある。
- 業務プロセスの見直し:BEC対策のようにツールだけでなく、ワークフローやルール整備による多層防御が不可欠。
- 情報保有リスクの再考:保有すべき情報と不要な情報を仕分け、「保有しないことでリスクを減らす」設計思想の導入。
- フェイク情報対応体制の構築:SNS上の誤情報・偽情報に迅速かつ冷静に対応できるコミュニケーション体制の整備。
消費者・生活者への影響
こうしたセキュリティリスクは、企業だけの問題にとどまらない。ECサイトへの攻撃によるクレジットカード情報の漏えい、フィッシング詐欺による個人資産の被害、さらにはフェイク情報の拡散による社会的混乱など、生活者に直結する影響は多岐にわたる。
特に、AIを活用した精巧なフィッシングメールやディープフェイク詐欺は、従来の「怪しいメールを見分ける」という常識が通用しなくなりつつあることを意味する。ガートナーのグローバル調査でも、セキュリティリーダーの37%がビデオ通話でのディープフェイクを使ったソーシャルエンジニアリング被害を経験しており、43%が音声通話での被害を経験していることが明らかになっている。消費者もセキュリティリテラシーのアップデートが不可欠な時代となった。
国際比較:グローバルな脅威動向との共鳴
日本国内の傾向は、グローバルなセキュリティ動向と強く連動している。ガートナーの国際的な予測では、生成AIの進化・デジタル分散化・サプライチェーンの相互依存・規制変化・人材不足・脅威の絶え間ない進化が2025年のサイバーセキュリティトレンドを形成する主要要因として挙げられており、日本の10パターンとも色濃く重なる。
また、欧州ではNIS2指令やAI法(AI Act)といった厳格な法規制が施行済みであり、米国ではSECがサイバーセキュリティの開示規則を強化している。ガートナーは日本について、「IT・デジタル・AI・サイバーセキュリティ関連の規制が遅れており、日本の常識だけで判断することによるビジネス上のリスクが高まっている」と警鐘を鳴らしている。グローバルスタンダードへの対応が、日本企業の国際競争力にも直結する状況だ。
さらに、AIエージェントのセキュリティはグローバルな緊急課題でもある。ガートナーは2026年までに企業向けアプリの40%以上にAIエージェントが組み込まれると予測しており、日本企業もこの波に備えたセキュリティ設計を今から着手する必要がある。
今後の展望:2030年に向けた備えを今すぐ
ガートナーの予測を踏まえると、今後のセキュリティ環境はさらに複雑化することが見込まれる。注目すべきポイントは以下の通りだ。
- 2026年:企業向けアプリの40%超にAIエージェントが組み込まれ、エージェントを標的とした攻撃が本格化する見込み。
- 2028年:ガートナーが「AIエージェントによって自律的に行われる業務上の意思決定が15%以上になる」と予測。セキュリティガバナンスの枠組みも追随する必要がある。
- 2029年:量子コンピューティングの進化により、従来の暗号化技術が安全でなくなる可能性が指摘され、ポスト量子暗号への移行計画の策定が急がれる。
- 2030年:サイバーインシデントの60%以上がサプライチェーン起因となり、プリエンプティブ(先制的)サイバーセキュリティへの支出が全セキュリティ支出の半分を占めるとガートナーは予測する。
こうした中長期的な変化を見据え、今すぐ着手できる具体的な対策として、ゼロトラストアーキテクチャの段階的導入、アタック・サーフェス・マネジメント(ASM)の実施、継続的な脅威エクスポージャ管理(CTEM)の運用体制整備が推奨される。
まとめ:この記事の3つのポイント
- ✅ ガートナーが日本のセキュリティインシデントを10パターンに分類・公表(2026年4月14日)。ランサムウェアやサプライチェーンリスクに加え、AIエージェントのリスクやSNSフェイク情報まで多岐にわたる新時代の脅威が明らかになった。
- ✅ 2030年にはサイバー攻撃の60%以上がサプライチェーン起因になると予測。自社単体の防御だけでは不十分で、サードパーティを含めたセキュリティ設計が経営上の喫緊課題となっている。
- ✅ AIエージェントの普及が「内部脅威」と「外部脅威」の双方を深刻化させている。エージェントハイジャックやデータ漏えいなどの現実的なリスクに対し、AIガバナンス(AI TRiSM)の整備を含めた包括的な対策が急務だ。
参考情報
- ZDNET Japan:ガートナー、日本国内におけるセキュリティインシデントの傾向を発表
- @IT:ガートナー、日本企業のインシデントパターンを分析 10個の脅威・リスクを公表
- SBビジネスIT:ガートナー、日本のセキュリティ事故10傾向を整理 AIや委託先リスク浮上
- ガートナージャパン公式:日本の企業が2025年に押さえておくべきセキュリティとプライバシーに関する12の重要論点
- Gartner Global:Top Cybersecurity Trends for 2025
- Cybersecurity Dive:Gartner – How to prepare for today's evolving threat landscape
- Gartner Global:Top Strategic Technology Trends for 2026
著者プロフィール
伊東雄歩(いとうゆうほ) / ゆぽゆぽ
株式会社ウォーカー代表取締役 / MENSA会員 / NLPマスタープラクティショナー
IQ130超のADHD経営者。「社会不適合」ゆえに会社員を2年で挫折し、フリーランスを経由せずいきなり起業。訴訟4回、2000万円の損失、役員の裏切り、オフショア開発の地獄を乗り越え10年生き残る。心理学・教育学に1000万円投資し、独自の「成長力学」を確立。現在は生成AI教育に注力し、「3年を2日に変える」AIプログラミング2Daysキャンプを全国展開中。AIフレンズコミュニティを運営。
夢は「世界征服」——世界の常識を変え、新しい価値観を提示すること。
